8月19日「俳句の日」イベント俳句甲子園!俳句とは?由来歴史について

一般的には余り知られていませんが、8月19日は、多くの人に俳句に親しんでもらう事を目的に「俳句の日」と定められています。

これは819の語呂合わせで制定された事は容易に推察されますが、本記事ではこの俳句の日や「俳句とは?」俳句そのものについて由来や歴史も含めておさらいしたいと思います。

また俳句の日のイベント俳句甲子園などについても紹介したいと思います。

俳句に親しむ契機にされるのも良いでしょうし、イベントに参加されるのもお勧めです。

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8月19日は俳句の日です!イベントは何がある?

俳句の日は1992年に、京都教教育大学の教授で正岡子規の研究者として知られている坪内稔典が提唱し、制定されたのが始まりと言われています。

また1994年には、松尾芭蕉の生誕の地である三重県上野市が芭蕉生誕350年を記念して、同じく8月19日を俳句の日と定めて色々なイベントを開催し、次第に一般的にも知られるようになった記念日です。

もちろん、8月19日に定められたのは、819の語呂合わせです。

そもそも俳句とは?川柳との違いは季語

そもそも俳句とは何かを、まずおさらいしておきたいと思います。俳句はご存知の様に 五・七・五音で構成され、十七文字の非常に短い詩と言えます。

この中でも季節を表現する季語を含むものが俳句で、季語を持たないものは川柳と区分されています。

次項で、俳句の歴史について振り返りたいと思います。

  • 俳句=五・七・五音で構成される。季語を持つ世界で一番短い詩(140文字のTwitterも俳句を元に考えられたそうです)
  • 川柳=構成上俳句と同じで季語を持たず、風刺的な意味合いの詩

俳句の由来歴史について

俳句は室町時代に五七調の長い詩であった連歌の冒頭の五・七・五が独立して生まれたもので、発句や俳諧と呼ばれていました。

発句は連歌の冒頭の五・七・五で完結するようにして鑑賞されるものでした。一方でそこに連歌で取り決められていた細かいルールを廃し、滑稽味を加えて人を笑わせることを追求したのが俳諧で、多くの庶民の支持を得て、室町時代後期から江戸時代に掛けて流行しました。

そして江戸時代になると、有名な松尾芭蕉や与謝蕪村が現れ、芸術性を高めましたが、明治期までは伝統的な和歌や連歌と比較して俳句は低俗なものと扱われていました。

しかし低俗なものとされて来た俳諧は、明治政府が俳諧師を教導職として登用した事で、ようやく権威が認められ、芸術の一分野として認知される様になりました。

こうした歴史を辿った俳諧は、大正時代になり正岡子規が俳句と命名し、今日に至っているのです。

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俳句の日に因んだイベント俳句甲子園

俳句甲子園は、全国高校俳句選手権大会の通称で、1998年に正岡子規や高浜虚子等の著名な俳人の出身地である愛媛県松山市で、松山青年会議所とNPO法人俳句甲子園実行委員会の主催で始められたもので、以来毎年8月に開催されています。

当初は松山市周辺のローカルなイベントでしたが、2000年の第3回大会には愛媛県以外に三重・岡山・香川県の高校が参加し、松山市も主催者として加わり、次第に全国規模のイベントとして成長して来たものです。

2019年には俳句の日に近い8月17日(土)に開会式・予選リーグ・予選トーナメントが、18日(日)には敗者復活戦・決勝リーグ・決勝・表彰式の2日に渡る日程で開催される予定となっています。

俳句の日のイベントとしては、俳句甲子園が最も大規模と言えますが、それ以外にも各地で愛好家によるイベントが色々と開催されます。こうしたイベントに参加し、俳句に親しむ契機とされるのも良いでしょう。

まとめ 俳句の日と俳句の歴史のおさらいと俳句の日のイベント

俳句は季語を含む五・七・五音で構成される十七文字の非常に短い詩で、室町時代の俳諧がその起源と言えます。

伝統的な和歌や連歌に比較して低俗なものとされていましたが、明治時代になりようやく芸術・文芸の一つとして認知され、大正時代に正岡子規により俳句と命名されました。

この俳句に親しむ日として8月19日が俳句の日と定められ、それに因んで松山市では俳句甲子園と言うイベントが開催され、また各地で愛好家によるイベントが色々と催されます。

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